大阪高等裁判所 昭和35年(ラ)109号 決定 1960年7月04日
抗告人 芝崎久雄
相手方 本山福造こと丁在奇
主文
本件抗告を棄却する。
抗告費用は抗告人の負担とする。
理由
本件抗告の趣旨及び理由は、別紙記載のとおりである。
抗告理由一ないし四について。
本件引渡命令は、競売法による競落不動産の競落人である相手方の申立により発せられたものであるところ、同法第三二条により準用される民訴法第六八七条第三項に基く競落不動産の引渡命令は、強制執行の方法に外ならないから、これに対する異議の事由は、強制執行の方法が違法であるとか、引渡命令を受けた者がその不動産につき競落人に対抗できる占有権を有するとか又は引渡命令を発する際遵守すべき形式的な手続上の瑕疵があることを理由とすべきであつて、抵当権の存否のような実体上の事由を不服の事由とすることはできないものと解すべきである。しかるに、抗告人の一ないし四の主張は、結局本件抵当権が消滅したとして本件引渡命令が違法であるというに帰するから、本件抵当権が抗告人主張のように消滅したかどうかの点につき判断するまでもなく、採用することができない。
抗告理由五について。
競売法による競売手続については、競売法に特別の規定がない場合にはその性質に反しない限り民訴法の規定が準用されるべきであるから、競売法による競売事件につき競落許可決定が確定した場合には、裁判所は、民訴法第六九三条第一、二項を準用して職権で競落代金の支払期日を定めて利害関係人及び競落人を呼び出し、競落人に競落代金の支払を命ずべきである。従つて、利害関係人に代金支払期日の呼出をしないことは、同条第二項に違反する。しかし、競売法第三三条第一項によると、競落人は競落を許す決定が確定した後直ちに代価を裁判所に支払うことを要するのであつて、裁判所の定めた代金支払期日前でも競落許可決定が確定した後ならば何時でも代金の支払をすることができ、裁判所は支払期日前に競落代金の支払の提供があつた場合にはその受領を拒むことはできない(大審院昭和一一年二月一九日決定民集一五巻二二五頁参照)。そして、競落人が右期日前に競落代金を完納したときは、競落人はこれにより競落不動産の所有権を取得し、裁判所に対しその引渡命令を求めることができ、裁判所は引渡命令を発することができるのであるから、この場合利害関係人が代金の完納がなかつたに引渡命令が発せられたことを理由としてその違法を主張するのは格別、代金支払期日の呼出を受けなかつたことのみを以て引渡命令に対する不服の事由とすることはできない(代金支払期日に抗告人主張の民訴法第六九五条ないし第六九八条の規定による異議権を行使できないことは明らかであるから、右期日の呼出をしなかつたことは、右異議権行使の機会を失わせたこととならない。)。本件記録によると、原裁判所は、本件競落許可決定が確定したので、昭和三五年三月七日代金支払期日を同月二一日午前一〇時と定め、競落人である相手方に出頭を命じたが、抗告人を右期日に呼び出さなかつた。相手方は、右期日前の同月八日原裁判所に競落代金を完納したこと、原裁判所は相手方の申立により代金完納後の同月三一日本件引渡命令を発したことが明らかであるから、右引渡命令は適法になされたものというべく、原裁判所が抗告人に代金支払期日の呼出をしなかつたことは違法であるが、この違法は本件引渡命令の効力に影響を及ぼすものではないから、これを抗告理由とすることはできない。次に競売法による競売手続において強制競売における配当手続類似の手続を必要とする場合があるとしても、右は代金完納後これを権利者に交付する手続であり、裁判所は、完納された代金の中から費用を控除し、これを相当と認める方法で各権利者に交付すればよいのであるから(競売法第三三条第二項参照)、仮にその手続に瑕疵があつても、その瑕疵は代金完納を要件として発せられる不動産引渡命令の瑕疵となるものではない。抗告人の主張は採用することができない。
その他記録を調べてみても、原決定には取り消すべき違法の点はなく、本件抗告は理由がないから、これを棄却することとし、民訴法第四一四条第三八四条第九五条第八九条を適用して主文のとおり決定する。
(裁判官 熊野啓五郎 岡野幸之助 山内敏彦)
抗告の趣旨
原裁判を取り消す。
本件不動産引渡命令申立を却下する
抗告の理由
一、申立外債権者明治信用金庫(大阪市東成区大今里本町一丁目一八〇番地)は、昭和三十三年九月二十九日申立外債務者日宝産業株式会社(大阪市天王寺区南玉造町二十六番地の八)に対し貸金元本債権残金六十六万円あるものとして、抵当権実行のため申立人所有の不動産について競売の申立をなし、同件は昭和三三年(ケ)第四五九号事件として繋属し、該不動産は昭和三四年四月二八日競売に付せられ被申立人がこれを競落し、大阪地方裁判所は昭和三五年三月三十一日申立趣旨記載の引渡命令を発せられた。
二、然し競売申立人の抵当権は競売手続前に消滅しているから、該競落許可決定によつては、競落人に対して実質的に競売不動産の所有権移転の効力を生じない。
(注) 大正十一、九、二三大審院民聯判、一〇年(オ)第七六五号事件判決以来大審院の確定した判例である。
(昭和三、一〇、一〇民三決定三年(ク)八〇三号
昭和四、七、二四民三決定四年(ク)六一八号
一〇、八、三一民四判決一〇年(オ)九〇四号)
三、前項債務を負担していない理由に関する事実上の主張は次のとおりである。
(一) 競売申立人は、昭和三三年三月六日申立外債務者に対し、別紙第一表(1) の預金表記載のとおり預金返還債務の存在を認め(甲第一号証の一及二)、同第二表債権表記載のとおり貸付債権の存在を承認した。(甲第二号証の一及二)
右債権債務を相殺すると、競売申立人の債権は金四十二万九千七百二十円となるところ
(二) 更に訴外債務者は、競売申立人に対し逆に、次の債権を有する
(1) 預金債権金四万七千五百円
但、別紙第一表(2) イ乃至ハ記載のとおり
即ち
右イの積立金はもと、三万円預金してあつたが、内金一万六千円払戻した残額であり
ロの当座預金は、もと、通知預金三万円あつたものの内二六、五〇〇円払戻し残額を昭和三二年十一月十九日当座へ振替えたもの
ハの積立金は、昭和三二年十一月二十二日競売申立人より金二十万円借入れる際株式(第一表(3) の株式)を持参したところ、該株式だけでは担保価値が不足するからとて、追加担保として金三万円を差入れたものである。
右事実は競売申立人の事務員が記載した明細書(甲第三号証)により明らかである。
(2) 株式返還債務不履行に因る損害賠償債権二九五、五〇〇円。
債務者が競売申立人に対し昭和三二年十一月二十二日別紙第一表(3) 担保株式表記載の株式を差入れたところ、爾後競売申立人は債務者に対し催告若くは通告をなすことなくこれを処分した。依つて債務者はこれが返還債務履行に代る損害賠償として、昭和三四年四月二十八日大阪金属株式会社の株式時価一四七円千五百株に付計金二二〇、五〇〇円、日綿実業株式会社株式時価七五円千株に付計金七五、〇〇〇円合計金二九五、五〇〇円を請求したが、今にこれを弁済しない。
(3) 会員脱退による持分払戻債権金十二万円也
債務者は、競売申立人に対し金十二万円の出資をなしたるところ(甲第六号証の一及二)、昭和三三年一月六日頃から同年七月二七日頃迄の間に持分全部の譲渡による脱退の申入をなし、譲渡をうける者がないときは、会員は金庫に対し定款で定める期間内に、その持分を譲りうけるべきことを請求した。斯くて債務者は競売申立人の会員資格を失つたので、持分全部の払戻を請求した。(甲第七号証)(信用金庫法一八条)
然るに、競売申立人は債務者間に、債権債務を清算すべき関係にあることを認めながら(甲第四号証及五号証)右払戻をしない。
右(1) (2) 及(3) の合計金四六三、〇〇〇円
(三) 競売申立人及債務者は、昭和三十三年七月中、互に有する債権債務を相殺したから(甲第四号証及五号証)競売申立人は其債権は毫も存在せず却つて金三三、二八〇円の債務を負担する筋合である。
四、以上の次第であるから、御庁昭和三三年(ケ)第四五九号事件の競落許可決定が確定しても、競落人は、競売不動産の所有権を取得しないから、これに基き為される引渡命令は違法で、取り消さるべきである。
五、なお、債務者及申立人は右競売事件の代金支払及び配当期日に呼出をうけていない。(民事訴訟法六九三条第二項)
その為め民事訴訟法第六九五条乃至第六九八条所定の異議権を行使する機会を失つた。論者或は競売法による競売には右民訴法の規定は適用ないとするのかも知れないが、抗告人は事案の性質上当然準用さるべきであり、第六九三条第二項に基く適法の呼出をしなかつたため爾後の競売手続はすべて違法となるものと信ずる。
従つて、又この意味に於ても引渡命令は違法で、取り消さるべきである。
第一表 (1) 預金表(日宝産業株式会社の有せし債権)<省略>
第一表 (2) 預金表<省略>
第一表 (3) 担保株式表<省略>
(4) 出資持分払戻請求権表<省略>
第二表 債権表(日宝産業株式会社の債務)<省略>